「光る君へ」清少納言こそ
清少納言こそしたり顔に いみじう侍りける人。 さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、 よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。紫式部日記 清少納言の出仕は993~1000 紫式部は1006・1007年頃~ 二人が宮中に出仕した時期は異なり、 面識はなかったというのが定説 ライバル同士と言わ... 続きをみる
「定年」にはなりましたが、非常勤で働く「日」「日」です。
清少納言こそしたり顔に いみじう侍りける人。 さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、 よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。紫式部日記 清少納言の出仕は993~1000 紫式部は1006・1007年頃~ 二人が宮中に出仕した時期は異なり、 面識はなかったというのが定説 ライバル同士と言わ... 続きをみる
夏に越前へ行った時、紫式部公園に 吉永小百合さんの植樹があった。 そういえば、以前、見たことを思い出し TSUTAYA DISCASで借りて観た 紫式部 吉永小百合 藤原道長 渡辺謙 光源氏 天海祐希 源氏物語の映像化では バブル絶頂の頃1991年 ものすごいキャストでお正月ドラマ 光源氏 若い頃... 続きをみる
「NHK出版」より 御母、皇后宮 詮子と申しき。 これ、太政大臣兼家の第二の御女なり。 この帝、天元三年庚辰六月一日、 兼家のおとどの東三条の家にて生れさせたまふ。 東宮にたちたまふこと 永観二年八月二八日なり、御年五歳。 寛和二年六月二十三日、位につかせたまふ、御年七歳。 ・・・世をたもたせたま... 続きをみる
初めから、ずーっと登場していた重要人物が逝去。 藤原伊周(三浦翔平氏)とまひろの弟君の惟規(高杉真宙君) 寂しい限りだ。 NHK出版『光る君へ』完結編より 前編の頃よりやさぐれました。 藤原伊周 藤原道隆の嫡男でずーっと、道長のライバルだったが、 父、関白の死後、中の関白家の凋落を一身に背負った。... 続きをみる
夏の終わりに体調を崩して、たいそうしんどかった。 体調を取り戻そうと、再度読んでいる。 少し、お高いですが、写真が美しく眺めているだけで癒される。 作者の語りも押しつけがましくないので、 ちょっとやってみようかな・・・と思う。 人間は困った時に立ち止まり、「本当に大切なことは何か」を 真剣に考えま... 続きをみる
今年の夏は、本当に厳しかった。 毎朝通勤の道なりで声をかけてくださるおばあさん。 去年は、夏が過ぎて、9月にはお目にかかったのに 今年は、9月いっぱい、出逢えなかった。 時々、娘さんらしい人が、 植木に水やりをしてはるのは見かけたが どうかされたんですか? と聞くわけにいかず、 病気されたのだろう... 続きをみる
光源氏は桐壺帝の第二皇子で 第一皇子に、右大臣の女御が母で、 右大臣が祖父の兄があった。 後の朱雀帝。 一の皇子はよせ重く疑ひなきもうけの君(皇太子)と よにもてかしづき聞こゆれど (桐壺の巻) 光君、誕生の折、第一皇子の母、弘徽殿の女御は わが息子の立太子を危ぶんでキーキーした。 光君は... 続きをみる
今の職場に勤めるようになってから、 地元の同僚から、栗をいただく。 立派な丹波くり。 今年もありがとうございます。 週末にさっそく、栗ご飯、いただきました。 おいしう、ございました。 秋の味覚。 ごちそうさまでした。
この半年、 毎朝、楽しみで、 BSで必ず見てから、元気をもらって、 出勤するという、日常だった。 こんなに、熱心に見たのは、2015年「あさが来た」以来だ。 (押しの玉木君が出ていたもので) 「得意げで幸せそうな顔」が懐かしい みんなが、好きなようにして、 みんなが、それを応援できれば、我が家は安... 続きをみる
彰子中宮が豪華本を一条天皇に献上したのは 三十三巻と言っていた 三十三帖「藤裏葉」第一部の大団円 娘、明石の姫君が東宮に入内。 冷泉帝、朱雀院が源氏の二万坪の大豪邸六条院の行幸。 光君は「准太政天皇」という臣下としては最高位を賜り、 母の身分の低さゆえに臣籍に降下し 「源氏」として生きてきた、光君... 続きをみる